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鹿児島地方裁判所 昭和32年(ワ)302号 判決

原告 元井顕治 外五名

被告 石堂栄二訴訟承継人 石堂キク 外三名

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

原告ら訴訟代理人は、「被告らは原告らに対し、別紙目録〈省略〉の土地および家屋につき鹿児島地方法務局昭和二八年六月一六日受付第六五一七号(土地につき)および同第六五一八号(家屋につき)をもつて石堂栄二のためになされている同二七年四月一日付売買を原因とする所有権移転登記の抹消登記手続をなし、かつ同土地および家屋を明け渡し、昭和二七年七月一日から右明渡ずみまで一箇月金一、〇〇〇円の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決を求め、その請求原因として、次のとおり述べた。

一、訴外元井スマ(旧姓橋口スマ)は、昭和三年頃から本籍鹿児島県大島郡瀬戸内町(旧古仁屋町)大字古仁屋九八番地の四訴外元井砂益の事実上の後妻になり、同一三年一〇月二一日正式にその婚姻の届出をして入籍した。その後、右砂益は昭和二〇年五月一〇日死亡し、スマもまた同二七年六月二〇日鹿児島市樋之口町四六番地で死亡した。

原告顕治は右砂益とその先妻房鶴との子であり、その余の原告らは同じく砂益、房鶴間の次男亡元井顕善(昭和二九年七月三一日死亡)の子である。

二、ところで、右スマは、その死亡当時別紙目録の土地および家屋(本件土地、家屋という)を所有していたが、当時は、同人の戸籍所在地たる鹿児島県大島郡(奄美大島)はいまだ日本復帰前で、同島にはいわゆる旧民法が施行されていたので、スマの遺産たる前記土地および家屋は旧民法上同人の継子にあたる原告顕治および前記顕善がこれを相続した(スマには実子がなかつた)。しかして、右顕善は昭和二九年七月三一日死亡し、その子である原告詳子、同淳子、同和子、同千尋、同良子が相続したので、結局本件土地および家屋は原告らの所有となつた。

三、しかるに、訴外(承継前の被告)石堂栄二は、スマから本件土地および家屋を買い受けたこともないのに、スマの死後同人の印鑑を冒用して同土地および家屋につき請求の趣旨記載のような所有権取得登記をなし、かつ昭和二七年七月一日頃からこれを不法に占有し、原告らに対し一箇月金一、〇〇〇円の割合による賃料相当の損害をこおむらせ、昭和三八年九月一五日右石堂栄二の死亡後は、その妻である被告キクおよび子であるその余の被告らが同人の相続人として右土地、家屋の占有を継続している。

四、よつて、原告らは被告らに対し、本件土地および家屋につき前記石堂栄二のためになされている不実の登記を抹消し、これを原告らに明け渡し、かつ昭和二七年七月一日以降右明渡ずみまで一箇月金一、〇〇〇円の割合による損害金を支払うべきことを求める。

以上のとおり述べた。立証〈省略〉

被告ら訴訟代理人は、主文と同旨の判決を求め、答弁として、次のとおり述べた。

一、請求原因第一項は、元井砂益、スマの死亡事実のみを認め、その余は否認する。スマは砂益と妾関係にあつたものにすぎず、同人と法律上の婚姻をしたことはない。

二、同第二項の事実は、すべて否認する。本件土地および家屋は、石堂栄二が昭和二七年四月一日スマから代金合計三三万五、六四〇円で買い受けたものである。

三、同第三項は、本件土地および家屋につき原告ら主張のとおりの登記があり、石堂栄二がこれを占有していたこと、昭和三八年九月一五日同人の死亡により被告らが相続し、現に右占有を続けていることは認めるが、その余の事実は否認する。本件登記は、石堂栄二がスマの生存中に前記売買による移転登記を完了できなかつたため、スマの死後その正当な共同相続人である訴外橋口次郎ほか四名からその手続を受けたものである。

かように述べた。立証〈省略〉

理由

訴外スマが昭和二七年六月二〇日鹿児島市樋之口町四六番地で死亡したことは、当事者間に争いがない。

ところで、本訴における原告らの請求は、スマはその死亡当時鹿児島県大島郡(奄美大島)に戸籍があつた(すなわち奄美大島籍人たる元井砂益の法律上の妻であつた)から、その相続関係も当時同島に施行されていた旧民法(昭和二二年法律第六一号による改正前民法)によるべきであるという主張を前提とするものである。たしかに、奄美大島においては、昭和二八年一二月二五日日本復帰が認められるまで連合国の占領開始当時の法律である旧民法の施行がそのまゝ持続されていたことは、原告ら主張のとおりである。

しかし、当裁判所は、本件の場合、スマの戸籍が奄美大島にあつたとしても、なお、同人の相続関係は旧民法によるべきではなく、新民法によるべきものと考える。その理由は次のとおりである。

まず、奄美大島籍人は、復帰前においても依然日本国籍を有したものと解すべきであり、しかも、かつて朝鮮人および台湾人が等しく日本国籍を与えられながら、その人種的区別にしたがい、それぞれの地域にのみ戸籍を有することができ、他の地域(たとえば内地)に戸籍をもつことを許されなかつたというような制限は大島籍人にはなにもなく、身分的に本土籍人と全く同じ取扱いを受けることになつていた。そうであるならば、当時の日本本土における私法の適用としては、戸籍の所在により本土籍人と大島籍人とを区別する理由はなく、本土籍の日本人に対してその所在のいかんを問わず日本法(本土法)を適用したのと同様に、大島籍の日本人に対しても本土法を適用してその身分的法律関係を規律すべきがむしろ当然であろう(奄美大島の復帰前本土において本土籍人に新民法が適用されたのは、日本人には日本法を適用するのが当然であるという原則によるものであつて、新旧民法のうちから戸籍の所在を基準として選択がなされた結果ではない)。

もつとも、日本国の領土内において地域により異なる内容の法律が施行されていたという現実に着眼すれば、かつて共通法第二条第二項がそれぞれ異法地域に属する内地人、朝鮮人、台湾人三者間の民事的法律関係につき法例を準用していたのと同じく、本件についても法例を準用して国際私法的に解決することが考えられないでもない。しかしし、そのような解決策をとるとしても、スマの相続準拠法は、同人の死亡当時の住所地法であつて、本籍地法ではないと解すべきである。すなわち、本件の場合はスマの本国法たる日本法が地域により内容を異にしていたのであるから、同人の相続関係に適用せらるべき法は、法例第二七条第三項の準用により「其者ノ属スル地方ノ法律」となるわけであるが、この国内的属人法をいかにして定めるかについては、法令上格別の定めはなく、もつぱら解釈によるほかはない。かような場合に考えられる連結点としては、さしあたり被相続人の本籍かまたはその住所のいずれかであろう。しかして、法例が相続準拠法を被相続人の本国法とするなど一般に人の身分および能力に関する属人法決定の基準として住所地法主義をとらず、本国法主義を採用していることならびに前記共通法が内地人、朝鮮人、台湾人間の関係につき法例の準用上各当事者の属する地域すなわち戸籍所在地の法令をもつて本国法とする旨定めていたことなどからすれば、国内的にも、本籍を国籍に準ずるものとみて、本籍地法を適用するのが妥当であるようにも思われる。けれども、ひるがえつて考えれば、法例が右のように本国法主義を採用したのは、人はその所属する国すなわち本国のいかんによつて風俗、習慣、人情などを異にするから、渉外的関係においても身分や能力に関する事項のごときはそのようなその国特有の事情を参酌してその国民のためにつくられた法律すなわち本国法の規律を受けるのが最もよくその当事者の利益にかない、かつ国籍が住所よりもはるかに固定的、恒久的であるということを根拠とするものにほかならない。そうであるならば、それぞれが種族的に区別され、この種族的区別にしたがい戸籍の所属もそれぞれの地域に一定され、相互転籍を許されなかつたかつての内地人、朝鮮人、台湾人について、共通法が、当事者の戸籍の所在(本籍)をもつて国籍と同列に扱つたことは十分合理的であつたといえよう。ところが、わが国の内地における戸籍制度は、奄美大島のそれを含め、単に国民の身分上の事項を明らかならしめるためこれを登録させるだけのもので、国内のいずれの地に本籍を定めるかについてなんら制限はなく、転籍も完全に自由であり、人とその本籍との間にはこれを結びつけておく実質的な関係はなにも存在しないのである。かような本籍を国籍と同視すべきいわれは少しもない。むしろ人が継続的に生活の本処を構える住所地にこそ当事者は最も直接かつ深刻な利害関係を有するというべきである。かくして、日本人の日本国内における属人法はその者の住所地の法律であると解するのが相当であり、復帰前の大島籍人についてのみその例外を認めるべき法律上の根拠は見当らない。そして、証人橋口三之、同山口エダ(第一回)の各証言、原告顕治および被告キク各本人尋問の結果と弁論の全趣旨を綜合すれば、スマは昭和一三年頃から死亡の時まで引き続き日本々土内に住所を所していたことが明白であるから、結局、同人の相続関係に適用すべきは右死亡当時本土内に施行されていた新民法であるといわなければならない。

しかるに、原告顕治ならびにその余の原告らの父亡顕善が新民法上スマの相続人でないことは、原告らの主張自体によつて明らかである。してみると、原告らが本件土地および家屋を相続したことを前提とするその請求は、爾余の点を判断するまでもなく失当として棄却を免れない。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 佐藤繁)

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